NさんはOA関連機器の販売会社で総務・経理を担当しているサラリーマン。自宅からマイカーで通勤している。所要時間は30〜40分というところだ。
内勤ということもあって、締め日の時期以外は午後7時頃に退社することが多い。しかし、その日は取引先からのクレーム処理に営業担当との打ち合わせが長引いたこともあり、Nさんが会社を出た時には、午後の10時を少し過ぎていた。
予定外の残業、さらにクレーム処理という案件だったため、Nさんはかなりの疲れを感じていた。社内に残っていた営業担当者からの外食の誘いをやんわりと断り、Nさんは帰路に就いた。
Nさんは通常、国道を通って通勤している。もちろん、この夜もそのルートを選択した。この春に1車線区間の一部が2車線に拡幅されたこともあって渋滞も減り、通勤のストレスもかなり軽減されていた。
Nさんは会社の玄関脇にある自販機で買った缶コーヒーをドリンクホルダーに置き、車を国道に向けて走らせた。
普段より遅い時間帯だったため、国道は車の量も少なかった。Nさんの車も滑らかに国道を進み、順調に会社と自宅との中間地点付近に差しかかっていた。Nさんは缶コーヒーを口に運び、軽く喉に流し込んだ。
うん?Nさんは思わずつぶやいた。車の流れが急に悪くなっていたからである。前方を見ると、赤いランプが点滅している。事故か、Nさんは舌打ちした。そういえば、さっき救急車が反対車線を走っていった。マイッたな……Nさんはしかめっ面で缶コーヒーの残りを一気に飲み干した。
結局、通常なら1、2分の距離を通過するのに10分以上(Nさんにはもっと時間が過ぎたように思えた)かかってしまった。事故現場は新しく2車線化された区間の入り口付近で、大破した車の周囲には警察車両が止まり、警官が交通整理と検分を行っていた。
Nさんはゆっくりと現場を通り過ぎた。渋滞はすぐに解消され、車の流れもスムーズさを取り戻した。Nさんも周囲の車に合わせてスピードを上げた。
やれやれ……Nさんは思わぬ、そして不快な足止めから開放され、安堵の息をついた。そして、Nさんは国道を左折し、地方道へと車を進めた。
おかしいな……Nさんが車の異変に気づいたのは、地方道の最初の交差点を右に折れてからだった。車がふらつき、振動が大きくなってきたのだ。帰ったら足回りをチェックしてみるか、自宅までもうすぐだったため、Nさんはそのまま車を走らせた。
車はT字路に差しかかっていた。ここを左折すれば自宅がすぐに見えてくる。Nさんは軽くブレーキを踏んで減速した後、ステアリングを左に回した。その時だった。これまで感じたことがないような揺れが車全体を包んだ。何が起こったかのか、Nさんにはわからなかった。思わず踏んだブレーキも遅かった。車は制御不能となり、道沿いの田んぼに突っ込んで止まった。
数分後、泥だらけになって道路に上がってきたNさんは、車の異変に気づいた。左の後輪がパンクしていたのである。呆然とタイヤを見つめるNさん。すると、何かがタイヤに突き刺さっているように見えた。目を近づけると、それは決して小さくない金属片だった。これは、さっきの……Nさんは状況を理解した。事故現場を通過した際、付近に飛び散っていた事故車の破損した部品を踏んでしまったのだ。
Nさんは何ともやりきれない気持ちになった。あの車が事故さえ起こさなければ……Nさんはむなしい脱力感に包まれていた……。 |
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Nさんの立場になったことを想定してみると、何とも憂鬱な気分にさせられる。Nさんならずとも、事故当事者に憤りを覚えてしまうに違いない。
しかしながら、事故の形態は単なる物損・自損事故である。Nさんはまず、自分の事故の処理を行わなくてはならない。その流れについては、これまで何度も説明している通りである。
すなわち、Nさんは車両保険(任意)を使って自分の車を修理することができる。また、この事故で負傷したならば、搭乗者傷害保険を治療費にあてることができる。さらに、この事故によって他者の財物に損害を与えてしまえば、その賠償は対物賠償保険で充当が可能になる。
もちろん、こうした補償に自動車保険を使うかどうかは個人の判断であり、使わずに"自腹"を切ってもかまわない。
このケースで問題となるのは、事故の"原因を生み出した側"の責任を問えるのか?ということである。Nさんの車のタイヤをパンクさせた金属片(車の一部)の持ち主、つまり、件の事故の当事者に対し、Nさんは損害賠償を請求できるか否かということに行き着く。
Nさんとしては、件の事故がなければ自分の事故も起こらなかったはずだとして、何らかの補償を求めたい気持ちが強いだろう。そして、その心情を十分に納得できる。
だが、Nさんの損害が賠償される可能性はゼロに等しい(補足すれば、請求しても認められないということ)。
というのも、今回のケースでは、Nさんは事故現場周辺に散乱した車の部品・破片を避ける必要(安全運転の励行)があったと判断されるからである。Nさんは事故があったことを認識した上で、その現場を通過している。そのため、いかに夜間で速度を落として通過したとしても、Nさんには危険(この場合は事故車の部品・破片を踏んでしまうこと)を回避する必要があるのである。
ただし、こうしたケース(第三者が起こした事故が原因で損害を被った)で賠償請求が認められる場合もある。損害の原因が不可抗力(回避できなかった)と判断された場合だ。例えば、目前で事故が起こり、飛び散った事故車の破片で車に傷がついたとしよう。破片を避けることが不可能だったと判断されれば、事故の当事者に対する損害賠償は認められる。
その他にも様々なケースが考えられるが、損害賠償が認められるかどうかは、事故原因が不可抗力であるかどうかで判断されるのである。
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今回はNさんにとって残念・無念な結果に終わるだろう。本誌としても同情は禁じ得ないが、これを期に一層の安全運転を心がけてほしいと願う。
もちろんそれは読者の皆さんにも同じことが言える。事故渋滞でイライラさせられただけにとどまらず、約束の時間に遅れた、その後の予定が狂ったなどの重要度に差はあれ、ドライバーなら誰でも何かしらの"損害"を被っている。そんな時、事故の当事者に対する怒りや憤りを募らせたりもしたはずだ。
公道で事故を起こしてしまえば、有形無形の損害を被るのは決して当事者だけではないのである。わずかな運転ミス、小さな不注意が数え切れないほど多くの人の迷惑となってしまう。そのことを心に刻み、常に安全運転を励行してほしい。 |
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※このケーススタディは編集部が作成したフィクションであり、実在の人物や団体等とは一切関係ありません。
また、写真も本文とは無関係です。 |
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