3ヵ月ほど前になるだろうか、Aさんの通勤ルートの近くに新しい理髪店がオープンした。チェーン店らしく、安さとスピードが売り物のようだ。Aさんは特に髪型に気を遣っているわけではないが、昔から長さにはこだわりがあった。そのため、月に一度理髪店に行くのを常としており、妻からは「(理髪店に行くほど)長くないのに」と苦笑されていた。
長く近所の理髪店に行っていたAさんだったが、半年前に隣の県の支店に転勤となり、新しい理髪店を“開拓”しなければならなくなっていた。転勤後は支店近くの理髪店を何件か回ってみたのだが、どうも今ひとつAさんの好みにはフィットしなかった。
そこで、ダメもとで先月、その店に入ってみると、想像以上にAさんの気に召す結果となった。時間も料金もそれまでのほぼ半分ということもあり、Aさんはその店に通うことにしたのである。
その日は土曜日で本来は休みだったが、翌週早々に予定されている重要な商談の準備と上司との打ち合わせのため、Aさんは休日出勤することにした。もっとも、打ち合わせは午後からで、Aさんは午前中のうちに散髪と打ち合わせの準備を済ませておくことにした。
Aさんは午前9時前に車で自宅マンションを出た。9時半には理髪店に入れる。多少込んでいても10時半には終わるだろう。支店には11時までには入れる。準備は1時間もあれば片づけられる。それがAさんの描いた午前中のシナリオだった。
予定通り、Aさんは理髪店に着いた。駐車場は店の裏手にある。決して広くないスペースを最大限に活用しようというのだろう、1台あたりのスペースは小さい。しかも、周囲を柵で囲ってあるため、出入り口と駐車スペースまでの進入路も1台分の広さしかなかった。
Aさんが店の裏手に回ると、車が1台駐車場から出てきたのが見えた。つまり、空きスペースがあるということだ。Aさんはホッとした。先月この店に来た時、駐車場が満車状態でしばらく待たされた経験があったからだ。Aさんがゆっくりと駐車場の入口に進んだ。そして、予想もしなかった光景を目にした。入口近くに止めてある白い車が、進入路にはみ出したようになっていたのである(図参照)。

「どういう神経してるんだ!」
Aさんは車内で思わず声を荒げた。その白い車は前方から駐車スペースに入り、車止めのかなり手前で止まっていた。そのせいで、車体がただでさえ狭い進入路を車が1台ギリギリで通過できる程度にまで狭めていた。
憤りを感じながら駐車場内を眺めると、白い車の対面が空いていた。そこに止めるしかない。Aさんは慎重にバックで車を駐車場に入れ始めた。そして、Aさんは何度も切り返しを繰り返し(本来はする必要はない……)、ようやく目指す駐車スペースに車を収納することができた。Aさんは車を降り、白い車を忌々しげに見つめながら店内に入っていった。
店内はほぼ満席で、何人かが順番待ちをしていた。あんな車の止め方をしたのは、どこのどいつだ! Aさんは店内を見回し、不機嫌そうにソファに腰を下ろした。
5分ほど経っただろうか、もうすぐAさんの順番が来るという時、予期せぬことが起こった。店のスタッフが店内全体に聞こえる声で話し出したのである。
「すいません、ナンバー○△-□◇のお車でお越しのお客様、いらっしゃいますか?」
それはAさんの車のナンバーだった。Aさんは軽く手を挙げ、そのスタッフに近づいた。側には強ばった表情の若い男が立っていた。スタッフが辺りを憚るような小声でAさんに言った。
「こちらの方がお客様の車にぶつけたそうなんですよ」
えっ……、Aさんは絶句し、スタッフと若い男に促されるままに駐車場へ向かった。そこには左前部が破損した自分の車と、左後部が破損した車が所在なげに止まっていた。
「すいません、この車に気を取られてて……」
若い男の視線の先には、あの白い車があった。若い男はバックで駐車場に入ってきたが、白い車に注意を払いすぎ、対面にあった自分の車に対する注意を疎かにしてしまったのか……。若い男は申し訳なさそうに何度も頭を下げた。Aさんは店のスタッフに厳しい口調で告げた。
「この白い車の持ち主呼んできてよ。こんなひどい止め方した責任があるだろう! あんたもそう思うだろう!」
Aさんは若い男にも同意を求め、スタッフを睨みつけた……。 |
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今回は駐車場というスペースが“舞台”となったケースである。まずは、事故の状況を整理しておこう。
Aさんは図のような状況にあった駐車場に、四苦八苦しながら自分の車を止めた。それだけならば、Aさんが行儀の悪い白い車の持ち主に憤りを感じただけで終わったが、事はそう運ばなかったのである。
Aさんは事故の状況を見て、加害者である若い男よりも、白い車の持ち主(運転者)に対する怒りをあらわにし、その責任を問えと主張している。Aさんにすれば、白い車がきちんと止まっていれば事故は起こらなかったはずという思いが強いのだろう。その心情には共感できる部分も少なくはないし、図らずも事故の当事者となってしまったAさんは同情の念を禁じ得ない。
しかし、だからといって、Aさんの主張(白い車の責任を問え)に与することはできない。今回のケースは通常の物損事故(若い男が車の操作を誤り、Aさんの車にぶつかった)として処理されるからである。
つまり、事故処理は当事者間(Aさんと若い男)で行われるのが原則なのである。
状況から判断すれば、Aさんに過失はなく、全ての過失は若い男にあるといっていいだろう。“事故現場”は駐車場内ではあるが、事故処理の手順は道路上と同じである(人身事故の場合も同様)。
従って、Aさんの車の損害は、若い男が補償する義務を負う。若い男が自分の自動車保険で損害を補償するなら、Aさんの車の損害は対物賠償保険から支払われる。自分の車の修理費用は、車両保険(任意)で賄うことができる。白い車に言及するならば、確かに運転者としてのマナーには反していたが、それだけで事故の責任を問うことはできない。若い男は駐車場に入る際、白い車が進入の妨げになると自覚した時点で、駐車場の管理者である理髪店にその旨を伝えるべきであった。
今回のケースのように、駐車場内でのトラブル発生は決して少なくない。読者の皆さんの中にも、トラブルの当事者となった人やヒヤリとした経験を持つ人は多いはずだ。
不幸にも、駐車場内でのトラブルの当事者となった場合は、今回のケースのように当事者同士で解決するのが原則だ。よく駐車場に「駐車場内で発生したトラブルには責任を負わない」といった意味の看板が掲げられているが、それは管理者側がこの原則の周知徹底を利用者に呼びかけたものと理解すべきだろう。あくまで、利用者(運転者)の自己責任なのである。
もっとも、駐車場側の管理責任を問える場合もある。管理者が常駐しているにもかかわらず、施設内の不備を放置していたり、誘導ミスがあった場合などである。こうしたケースでは、通常の事故処理を済ませた上で、管理者側に損害賠償を請求する流れになる。
時間帯や場所によっては、周囲に人の目がない駐車場もある。それをいいことに、事を起こしてそのまま立ち去って(つまり、逃げる…)しまえば、それは当て逃げであり、立派な犯罪として扱われることを改めて認識しておいてほしい。
今回のケースでいえば、誰もがAさん、若い男、白い車の持ち主の立場になる可能性がある。そうならないためにも、駐車場内でも安全運転、運転者としてのマナー遵守をぜひ、心がけてもらいたい。道路上でなくても、運転者としての責任は果たさなくてはならないのである。
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| 公道を走行する以上、周囲に危険をもたらす運転は容認されないものである。当然ながら、罰せられるからではなく、それが車を運転する者の最低限の基本的なルールだからだ。読者の皆さんもこの“単純”なことを改めて認識し、安全運転に努めてほしい。 |
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※このケーススタディは編集部が作成したフィクションであり、実在の人物や団体等とは一切関係ありません。
また、写真も本文とは無関係です。 |
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