この正月休みを利用して、Mさんは約半年ぶりに実家に帰ることにした。Mさんは高校を卒業後、東京の大学に進学。卒業後は地元の電子機器メーカーに就職した。入社後は営業マンとして名古屋、大阪の営業所に勤務し、昨年春に本社営業部に配属となり、久しぶりに地元で暮らすことになったのである。
それでも、本社は実家から車で2時間近くかかるため、Mさんは本社近くの賃貸マンションで一人暮らしをしていた。
実家には両親と弟が生活していた。5歳年下の弟は専門学校を卒業してから地元の建設会社に勤めている。実家暮らしは何かと便利なことも多いようで、弟には実家を出る気はないようだ。Mさんも実家に戻るつもりはないため、弟に家を継いでもらえればいいと考えていた。
実家に向かうその日、Mさんがマンションで目覚めた時はもう昼に近かった。前日に高校時代の部活仲間の飲み会があり、夜遅くまで飲んでいたためだった。Mさんはシャワーを浴びて頭をスッキリさせると、実家に向かう準備を始めた。
Mさんは本社勤務を機に買ったスポーツセダンに乗って実家へと向かった。昼食は抜きだったが、実家に行けば何か食べるものはあるだろう。そんなことを考えながら国道を走った。
特に混雑もなく、2時間弱でMさんは実家に到着した。正確に言えば、実家の前に着いた。Mさんの実家は家屋の前が駐車スペースになっており、2台分のカーポートがある。ふだんはそこに父親のセダンと弟の軽自動車が横向きに駐車し、残り(車が縦に1台駐車できるほどの広さ)のスペースが、来客時の駐車場になっていた(図1参照)。Mさんもそこに車を止めるつもりだった。
しかし、Mさんは実家の敷地内に車を完全に進入させることができなかった。というのも、父親のセダンは行儀良くカーポートに収まっていたのだが、目指すスペースにRV車が少し斜めになって止まっていたからだった。
あいつ、車を買い替えたのか、それにしてもヤンチャな止め方だな……。
Mさんは苦笑いを浮かべた。そして、車を道路に少しはみ出すかたちで止めて実家に入っていった。弟に車を動かしてもらうか。切り返しをすればカーポートに移動できるだろう。
居間では父親と弟が昼寝をしていた。母親はどこかに出かけているのか姿は見えない。Mさんはまず弟を起こし、車の件を告げた。弟は明け方まで父親、そして近所の父親の友人達と麻雀をしていたこと、そして最近になって車を買い替えたことをボソボソと話した。
「悪い、悪い。今どかすわ」
弟は寝ぼけ眼で立ち上がった。Mさんにはその足元が多少ふらついているように見えた。
「大丈夫か?まだ寝ぼけてるんなら俺が移動させるぞ」
「いいって、いいって。別に道路走るわけじゃないし」
テーブルの上に置きっ放しだったキーを手に取り、弟は居間を出て行った。玄関のドアの開閉音、車のドアを閉める音、そしてエンジン音が順番に聞こえてきた。Mさんは自分の車を敷地内に完全に入れるため、居間を出ようとした。
ガシャン。
嫌な音がした。あのバカ!何が起こったのかを察したMさんは慌てて玄関のドアを開けようとした。
ガシャン。
また、嫌な音がした。外に出たMさんが見たのは、自分が想像した以上に悲惨な光景だった。自分の車の左側面が大きく凹み、カーポート内では父親のセダンの右前部をRV車が押し潰していた(図2参照)。
運転席では弟が呆然としてハンドルを握っていた。さっきまでの寝ぼけ顔ではなく、青ざめているように見えた……。 |
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新年早々、Mさんの家族には大変な災難が降りかかってしまった。Mさんや弟、そして両親の心境を考えると、本誌としても同情を禁じ得ない。
さて、まずはこの事故の形態を振り返ってみたい。
実家にやって来たMさんの車が敷地内に入るためには、弟の車をカーポートに収納する必要があった。そこで弟が車を移動させることになったが、起き抜けで集中力、注意力が散漫になっていたのか、車の操作を誤った。まだこの車に不慣れなこともあったのかもしれない。その結果、バックした弟の車はMさんの車にぶつかってしまった。おそらく、気が動転したのだろう、弟は前進させた車を今度はカーポート内の父親の車に衝突してしまった……。
状況から判断すれば、弟の車が加害車両、Mさんと父親の車が被害車両となった物損事故である。被害車両はともに停車中であり、100%の過失責任が弟にある。その意味では、単純な事故であるとも言えるだろう。
しかし、今回のケースの事故処理はそう一筋縄ではいかない。というのも、当事者(Mさん、弟、父親)が兄弟、親子の間柄にあるからである。
以外と知らない人も多いことだが、自動車保険は親子・配偶者間の事故では同居・別居に関わらず補償されない。対して、兄弟間では通常の事故と同様に補償を受けることができる。ちなみに兄弟の配偶者や親の兄弟等は他人とみなされる(通常の処理が行われる)。
このことを今回のケースにあてはめると、Mさんの車の修理費用は弟が加入している自動車保険(対物賠償保険)で賄うことができる。しかし、父親の車の修理費用に自分の保険を利用することはできない。弟が任意の車両保険に加入していれば、自分の車の修理費用は車両保険で賄うことができる。
また、Mさんが弟の車を移動させようとした際、このような事故を起こしたとしよう。この場合、Mさんは弟(車の所有者)から見て他人扱いとなる。そのため、弟が家族限定や年齢制限の保険に加入していれば、保険は使えないことになる。
今回はケガ人が出なかったと思われるが、仮にケガ人が出ていても同じである。Mさんには対人賠償がなされるが、父親には不可となる。また、弟がケガをしていた場合、弟が人身傷害補償保険特約を付加していれば、補償の対象になる。 |
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今回はMさんのケースを取り上げたが、家族間で起こる事故にはさまざまなケースが考えられる。身近な存在であるだけに、事故のリスクは高いとも言える。例えば、車の陰にいた子供(あるいは親や配偶者)に気づかず轢いてしまった場合では、子供の治療費を対人賠償保険で賄うことはできない。
このように、ただでさえ悲惨さが増す家族間の事故では、保険面でも制限が多い。車が家に1台から1人に1台が珍しくない時代だからこそ、くれぐれも事故発生防止に努めてもらいたい。そしてMさんの家族も、この悲劇を乗り越え新しい年が良い年となることを祈念したい。 |
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※このケーススタディは編集部が作成したフィクションであり、実在の人物や団体等とは一切関係ありません。
また、写真も本文とは無関係です。 |
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